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東京地方裁判所 昭和48年(行ウ)15号 判決 1976年5月26日

東京都新宿区岩戸町二六番地

原告

内田興業株式会社

右代表者代表取締役

内田とよ

右訴訟代理人弁護士

井上四郎

井上庸一

東京都新宿区三栄町二四番地

被告

四谷税務署長

右指定代理人

玉田勝也

佐々木宏中

松井伸一

高梨鉄男

渡部渡

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一  原告

被告が昭和四六年三月三一日原告の昭和四三年一〇月一日から昭和四四年九月三〇日までの事業年度の法人税についてした更正及び重加算税の賦課決定のうち、所得金額一〇三万五、七七〇円を超える部分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二原告の請求原因

一  原告の昭和四三年一〇月一日から昭和四四年九月三〇日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税について、原告のした確定申告、これについて被告のした更正(以下「本件更正」という。)及び重加算税の賦課決定(以下「本件決定」という。)、右各処分に対する原告の異議申立て並びに国税不服審判所長のした審査裁決の経緯は、別表(一)記載のとおりである。

二  しかしながら、被告のした本件更正(審査裁決により維持された部分。以下同じ。)のうち、所得金額一〇三万五、七七〇円を超える部分は、原告の所得金額を過大に認定したものであるから違法であり、したがって、本件更正を前提としてされた本件決定も違法である。

第三請求原因に対する被告の認否及び主張

一  請求原因に対する認否

請求原因一の事実は認め、同二の主張は争う。

二  被告の主張

1. 本件更正の適法性(その一)

(一)  本件事業年度中の昭和四四年八月三〇日、原告の代表取締役訴外内田伊三雄、取締役訴外内田三郎(伊三雄の弟)ら取締役全員が退職した。そこで原告は、同年九月一日伊三雄に二、〇〇〇万円、三郎に一、五〇〇万円の退職金をそれぞれ支払ったとしてこれらを本件事業年度の所得金額の計算上損金の額に算入したうえ前記確定申告をした。

(二)  ところで、昭和四三年一二月二〇日に開かれた原告の臨時株主総会において、退職する右各取締役に対し退職金を支給すること及びその具体的な支給額等は取締役会に一任することが決議され、取締役会は昭和四四年八月三〇日その支給額につき伊三雄二、〇〇〇万円、三郎一、五〇〇万円と決議した。

(三)  しかし、次に述べるとおり、三郎名義の退職金一、五〇〇万円のうち一、二三二万八、四〇〇円は三郎に支払われておらず、伊三雄に支払われたものと認められる。

すなわち、原告は、伊三雄に対する退職金として三、五〇〇万円を帳簿上未払金として計上したうえ、右金額から源泉徴収に係る所得税六一一万八、五〇〇円(三、五〇〇万円に対する税額としては誤まりである。)を控除した二、八八八万一、五〇〇円を伊三雄からの借入金として振替経理した。他方、原告から伊三雄に対する仮払金残額一、九二〇万三、〇九八円が存したので、原告はこの仮払金残額を伊三雄からの右借入金債務二、八八八万一、五〇〇円と相殺し、残九六七万八、四〇二円を伊三雄からの借入金として経理した。このようにして原告は伊三雄に対し三、五〇〇万円の退職金を支給したのである。これに対し原告が三郎に対し退職金を支払ったとする帳簿上の事績は存しないのである。

その後伊三雄から三郎に対して現金二五六万五、〇〇〇円が支払われたので、これを同人に対する退職金の支払と認めて源泉徴収に係る所得税控除前の退職金の額に換算すると二六七万一、六〇〇円となるから伊三雄に対し支払われた退職金は三、二三二万八、四〇〇円の計算となる。

(四)  しかして右のうち、少なくとも退職金額一、八〇〇万円を超える部分一、四三二万八、四〇〇円は、法人税法第三六条及び同法施行令第七二条に規定する過大な役員退職給与に当たるというべきである。すなわち、

同法第三六条及び同法施行令第七二条の規定の適用に当たり、当該退職役員の退職給与金額が退職時における月額報酬に勤続年数を乗じて算出した金額にいかなる倍率(以下これを「功績倍率」という。)を乗じたものであるかを求め、これを同一会社の他の退職役員ないし同業種規模の法人の退職役員について算定した功績倍率と比較することによって、当該役員の退職給与金額の相当性を判断することは、過大役員退職給与の損金不算入を定めた規定の趣旨に合致し、合理的というべきである。

被告が原告の営む業種と類似する遊技場、飲食店、キヤバレー等の業種の法人が多数存在していると認められる地域を所轄している神田、京橋、豊島、四谷及び淀橋の各税務署管内において、その売上高が五、〇〇〇万円以上の右業種の法人について昭和四二年から昭和四七年までの役員に対する退職給与の支給状況を調査したところ、役員に対し退職給与を支給した法人は調査件数二四三法人のうち五法人、支給を受けた役員は七名であって、その退職給与の支給状況及び功績倍率は別表(二)記載のとおりである。これによれば功績倍率は平均二・七であり、右数値に基づき伊三雄に対する退職給与を計算すると六四八万円(一五万円(最終月額報酬)×一六年(勤続年数)×二・七(功績倍率)=六四八万円)となる。しかし、伊三雄が原告の代表取締役を辞任するに至った事情、専務取締役に対する退職給与の支払状況等を考慮して、伊三雄に対する功績倍率を右調査結果にあらわれた最高倍率七・五をもって相当とし、この倍率に基づき同人に対する退職給与の相当額を計算しても、一、八〇〇万円(一五万円(最終月額報酬)×一六年(勤続年数)×七・五(功績倍率)=一、八〇〇万円)となるにとどまる。

そうすると、伊三雄に支払われた退職金三、二三二万八、四〇〇円のうち少くとも右一、八〇〇万円を超える一、四三二万八、四〇〇円は過大な役員退職給与に当たるというべきである。

(五)  そこで原告の争わない所得金額一〇三万五、七七〇円に右一、四三二万八、四〇〇円を加えると、原告の本件事業年度における所得金額は一、五三六万四、一七〇円となるから、右金額の範囲内でされた本件更正は適法である。

2. 本件更正の適法性(その二)

仮りに退職金が前記取締役会の決議のとおり伊三雄に二、〇〇〇万円、三郎に一、五〇〇万円支払われたものであるとしても、三郎に対する退職金のうち一、二三二万八、四〇〇円は、次に述べる理由により、法人税法第三六条及び同法施行令第七二条の規定する過大な役員退職給与の額に当たるから、被告が右一、二三二万八、四〇〇円について損金算入を否認したことに違法はない。

(一)  三郎は、原告が設立された昭和二八年一〇月から原告の取締役として勤務してきたが、昭和三七年には事実上取締役の職責を放棄し、その後昭和三九年五月ころからは訴外日本生命保険相互会社横浜支社に勤務していた。そして昭和三七年ころ非常勤取締役になってから退職するまでの間取締役会に三、四回出席した程度であって、非常勤取締役は単なる名義のみでなんら原告の業務に従事していなかったから、同人の原告における勤務年数は九年とみるのが相当である。

そこで、まず、昭和四四年八月三〇日退職した原告の役員全員について退職給与の支給状況及び功績倍率を調査すると別表(三)記載のとおりであり、前記のとおり三郎の勤続年数は九年であって他の役員より短期間であるにかかわらず、その功績倍率は二三・八と他の役員に比べ異常に高いことが明らかである。しかして、三郎の退職金の算出に当たっては、その勤続年数からしても、内田兄弟以外の役員のうちもっとも高倍率となっている訴外菊地哲二郎の功績倍率三・二以上のものを適用するのは相当でないというべきところ、右倍率に基づいて三郎の退職金を算出すると二〇一万六、〇〇〇円(七万円(最終月額報酬)×九年×三・二(功績倍率)(=二〇一万六、〇〇〇円)となる。そうすると三郎に支払われた退職金のうち少なくとも右二〇一万六、〇〇〇円を超える部分は過大役員退職給与というべきである。

(二)  また仮に、被告の前記調査の結果による別表(二)の功績倍率の平均二・七を適用して三郎の退職金額を算定しても一七〇万一、〇〇〇円(七万円(最終月額報酬)×九年×二・七(功績倍率)=一七〇万一、〇〇〇円)となり、右二〇一万六、〇〇〇円を更に下廻る。

3. 本件決定の適法性

前記1に述べたとおり、原告は、伊三雄に支払った退職金三、二三二万円八、四〇〇円のうち一、二三二万八、四〇〇円を三郎に対する退職金であるかのように仮装して支払ったので、被告は国税通則法第六八条の規定を適用して重加算税を課したものである。

第四、被告の主張に対する原告の認否及び反論

一、被告の主張に対する認否

被告主張1の(一)及び(二)の事実は認める。同1の(三)の事実のうち、原告の伊三雄に対する仮払金の残額が被告主張のとおりであること、右仮払金残額を伊三雄からの借入金債務と相殺したこと、三郎に対し退職金二五六万五、〇〇〇円が現金で支払われたことは認めるが、その余は否認する。同1の(四)のうち伊三雄の最終月額報酬が一五万円であることは認めるが、その余は争う。同1の(五)は争う。

同2の事実のうち、三郎が原告の設立以来取締役として勤務してきて、昭和三七年ころ非常勤取締役となったこと、原告が前記退職役員に対して支払った退職金の金額が別表(三)記載のとおりであることは認めるが、その余は争う。

同3の事実は否認する。

二、原告の反論

1. 被告の主張1(三)について

原告は、昭和四四年九月一日前記取締役会の決議に基づき伊三雄に対し退職金二、〇〇〇万円(源泉徴収に係る所得税控除後の金額は一、六三一万六、五〇〇円である。)を支払った。他方、原告の三郎に対する退職金支払債務一、二五六万五、〇〇〇円(三郎に対する退職金一、五〇〇万から源泉徴収に係る所得税二四三万五、〇〇〇円を控除した金額)については、三郎の同意を得て伊三雄が同日これを債務引受し、原告の三郎に対する右債務を免責させ、原告は、右債務引受の対価として右同額を伊三雄からの借入金債務に計上して処理した。

原告の三郎に対する退職金支払債務について右のような処理がされたのは、伊三雄が、妻子と別居している三郎が妻子のもとへ戻るよう説得する機会を確保するため、三郎に対する退職金の支払いを留保したいと考えたこと、他方、原告は重要な資産の売却、役員全員の更迭及び業種の大巾な変更をするため、原告の経理上未払金が残ることを避ける必要があったことによるものである。

その後、伊三雄は三郎に対し、右債務引受に係る退職金支払債務のうち二五六万五、〇〇〇円を現金で交付して弁済し、残額一、〇〇〇万円についてはこれを弁済のうえ、同額につき三郎から寄託を受け、いったんこれを株式投資して運用し、その後右金員を資金として土地を購入し、次いで右寄託金債務を基本債務として三郎との間に準消費貸借契約を締結し、右債務の担保として右土地に三郎のため抵当権を設定したのである。

2. 被告の主張1の(四)(五)及び2について

(一)  法人税法施行令第七二条に規定する役員の退職金額の相当性を判断するに当たっては、形式的に業務従事期間の長短を比較するのみでは足らず、当該役員が実質的に担当した業務の内容及び法人の業績に与えた影響の程度を考慮すべきである。

(二)  被告は、原告と同業の他の法人の役員に対する退職金支給例との比較において、伊三雄及び三郎の退職給与金額の相当性を判断しているが、その際比較資料として被告が抽出したのはわずか五法人七人にすぎず、しかもその功績倍率の偏差は大きいから、右の程度の資料では相当性判断の資料とはなし難しい。

(三)  また、三郎は、伊三雄、訴外内田正信兄弟と共同して昭和二四年一月上野地下街に食料品店を経営し始めて以来、昭和二八年までに右食料品店の他中華料理店一軒、パチンコ店三軒を経営するまでに至った。そして、同年一〇月右三人は右各店の経営権を売却し、その売却代金で千代田区神田鍛冶町に土地を購入し、同土地上に鉄筋三階建のビルを建築し、原告を設立したが、三郎は原告の設立以来その常勤の取締役として原告の業績の維持につき中心的な役割を果し、昭和三七年以降非常勤取締役となってからも、原告の株主総会及び取締役会には出席し、原告の業務に実質的に従事してきたのである。したがって、三郎に対する一、五〇〇万円の退職金はその功績に応じた相当な金額である。

(四)  被告は、原告の前記退職役員のうち三郎及び伊三雄を除くその余の役員に対する退職金については、それが過大であるとは主張していないのであるから、三郎に対する退職給与金額の相当性を判断するのに、他の法人の役員に対する退職金支給の例との比較をする合理的必要性はなく、それは専ら原告の他の役員に対する退職金支給例との比較により判断されるべきである。

また、被告は、三郎の功績倍率を二三・八としているけれども、非常勤取締役となったため以後報酬が据置きとなっているという特殊事情を考慮するならば、最終月額報酬七万円を基準に功績倍率を算定することは相当でない。

(五)  三郎の本件退職は、原告における事業の重要部門の廃止によるものであって、自己の意思に基づかない退職である。

ところで、社会一般に定着している退職金制度のもとにおいては、自己都合による退職の場合、その退職金額は、死亡・業務縮少等退職者の意思によらない場合における退職金額の半分以下となっている。しかるに、被告は、比較資料として同業法人の役員に対する退職金支給例を抽出するに当たって、右のような退職事由による区別をしておらず、被告の抽出した比較資料は合理性がない。

なお、被告が抽出した比較資料のうち、死亡退職の例は一件であり、その余はすべて自己都合による退職である。そして右死亡退職の場合の退職金額は一、〇〇〇万円であり、これと比較すると、三郎に対する退職金額は決して過大とはいえない。

第五、証拠関係

一、原告

1. 提出・援用した証拠

甲第一号証の一、二、第二ないし第四号証、第五号証の一、二、第六ないし第一三号証、第一四号証の一ないし七、第一五号証の一ないし五、第一六号証の一ないし二八、証人内田三郎、同内田伊三雄及び同長谷川長の各証言

2. 乙号証の成立の認否

乙第一ないし第三号証は、いずれも書込み部分の成立は知らないが、その余の部分の成立は認める。第四号証の成立は知らない。第五号証の成立は認める。

二  被告

1. 提出・援用した証拠

乙第一ないし第五号証、証人須崎俊夫及び同鴨下英主の各証言

2. 甲号証の成立の認否

甲第一号証の一、二、第五号証の一、二、第一〇ないし第一三号証の成立は認める。第七号証のうち、印鑑証明書の成立は認めるが、その余の成立は知らない。第九号証のうち、官署作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は知らない。第一五号証の一ないし五の原本の存在及び成立は知らない。その余の甲号証の成立は知らない。

理由

一、請求原因一の事実及び被告主張1の(一)の事実は、当事者間に争いがない。

二、そこで、原告が本件事業年度中に内田伊三雄に三、二三二万八、四〇〇円の退職金を支給した事実があるか否かについて検討する。

1  昭和四三年一二月二〇日に開かれた原告の臨時株主総会において、原告は退職する原告の各取締役に対し退職金を支給すること及びその具体的支給額等は取締役会に一任することが決議され、取転役会は昭和四四年八月三〇日その支給額につき伊三雄二、〇〇〇万円、三郎一、五〇〇万円と決議したことは、当事者間に争いがない。

2. 証人長谷川長の証言により真正に成立したと認められる甲第一四号証の二、第一四号証の六、いずれも書込み部分については証人須崎俊夫の証言により真正に成立したと認められ、その余の部分については成立に争いのない乙第一ないし第三号証及び右各証言によれば、

原告は、昭和四四年九月伊三雄名義の退職金二、〇〇〇万円(うち源泉徴収に係る所得税三六八万三、五〇〇円)、三郎名義の退職金一、五〇〇万円(うち源泉徴収に係る所得税二四三万五、〇〇〇円)の合計三、五〇〇万円を未払金勘定に計上するとともに、右退職金の手取り分の合計二、八八八万一、五〇〇円を全額伊三雄からの借入金に振替え、次いで右借入金と原告の伊三雄に対する仮払金残額一、九二〇万三、〇九八円とを対等額で相殺し、残額を伊三雄からの借入金として残す旨の帳簿経理をしたこと(右借入金と仮払金残額とを相殺したことは、当事者間に争いがない。)が認められ、他に右認定に反する証拠はない。したがって、原告の右帳簿上の処理からみると、右二、八八八万一、五〇〇円は一応伊三雄に支払われたとみることができる。

3. この点について、原告は、伊三雄が原告の三郎に対する退職金債務(手取り額)一、二五六万五、〇〇〇円を債務引受したため、右のような帳簿上の処理をした旨主張し、証人長谷川長も右主張にそう供述をする。

しかしながら、原告の帳簿経理上債務引受の仕訳は明確にされていないし、前掲甲第一四号証の六の記載からも債務引受があったと認めることはできず、証人内田伊三雄、同内田三郎の各証言によっても、右債務引受についての合意がされた事実をうかがうことはできないから、証人長谷川長の証言も採用することはできない。

なお、三郎が伊三雄から昭和四四年秋以降三回にわけて二五六万五、〇〇〇円の支払いを受けたことは後記認定のとおりであるが、証人内田伊三雄、同内田三郎の各証言中に債務引受の合意をうかがわせるものがないこと右のとおりである以上、右支払いの事実のみから債務引受の事実を推認することもできない。

4. 更に、原告は、伊三雄はその後右債務引受に係る退職金支払債務のうち二五六万五、〇〇〇円を現金で弁済し、残額一、〇〇〇万円については、これを弁済のうえ、同額につき三郎から寄託を受けた旨を主張するが、一、〇〇〇万円の弁済及び寄託の事実も認め難いことは、以下認定のとおりである。

(一)  証人内田伊三雄及び内田三郎の各証言により真正に成立したと認められる甲第六号証は、三郎が原告から一、二五六万五、〇〇〇円の退職金を領収した旨の領収証であるが、証人内田伊三雄の証言によっても、その作成日付自体からしても本件更正後に作成した文書であり、しかも証人内田三郎の証言によれば、三郎は右作成当時においても伊三雄からも原告からも一、二五六万五、〇〇〇円の支払いは受けていなかったことが認められる。印鑑証明書の成立については争いがなく、その余は右各証言によって真正に成立したと認められる甲第七号証は、伊三雄が三郎から一、〇〇〇万円を預った旨の預り証であり、証人内田伊三雄の証言により伊三雄作成部分の成立の真正が認められ、証人内田三郎の証言により三郎の印影の真正が認められる甲第八号証は、伊三雄が三郎から一、〇〇〇万円を借り受けた旨の金銭消費貸借契約書であるが、甲第七号証及び第八号証の各記載内容は、利息及び弁済期においても相互に矛盾しているのみならず、甲第七号証は、証人内田三郎の証言によっても、その作成日付からしても本件更正後に作成した文書であり、甲第八号証は、証人内田伊三雄の証言によれば、甲第七号証作成後に作成した文書であることが認められ、しかも証人内田三郎の証言によれば、三郎は甲第八号証の作成には関与していないことが認められる。官公署作成部分の成立の真正については争いがなく、その余の部分は証人内田伊三雄の証言により真正に成立したものと認められる甲第九号証は、右消費貸借を原因とする伊三雄名義の土地に対する抵当権設定登記申請書であるが、右申請は本訴提起後である昭和四八年三月に行われたものであり、証人内田三郎の証言によれば、三郎は右抵当権設定の事実を本訴口頭弁論期日に証人として出廷するまで聞知していなかったことが認められる。

以上認定したところと証人内田伊三雄の証言とを併せ考えると、右甲第六ないし第九号証は、いずれも三郎名義の退職金一、五〇〇万円の損金算入を認めてもらうため作成した文書と認められ、到底その記載内容たる預託又は貸与の事実を認めるに足る証拠とはいえない。

(二)  証人内田伊三雄及び同内田三郎は、それぞれ伊三雄が三郎の退職金のうち一、〇〇〇万円を預った旨を証言する。

しかしながら、成立に争いのない甲第一〇ないし第一三号証、証人内田伊三雄の証言により原本の存在及び成立の真正が認められる甲第一五号証の一ないし五、同証言により真正に成立したと認められる甲第一六号証の一ないし二八に同証言及び証人内田三郎の証言を合わせると、

三郎は昭和三七年ころ妻子を捨てて横浜方面に居住したため、非常勤の取締役となり(この点は当事者間に争いがない。)、その後昭和三九年五月ころからは日本生命保険相互会社横浜支社に勤務しており、昭和三七年以降原告を退職するまでの間は実質的には原告の業務に従事していなかったのであり、三郎は伊三雄から昭和四四年秋以降三回にわけて二五六万五、〇〇〇円を現金で受領していること(右金員を受領したことは、当事者間に争いがない。)、伊三雄は三郎名義の退職金(手取額)一、二五六万五、〇〇〇円から二五六万五、〇〇〇円を控除した残一、〇〇〇万円を当初自己名義で株式に投資していたが、その後昭和四六年一月二九日原告名義で千葉県に三筆の土地を代金八〇〇万円で購入し、本件更正後である同年四月九日に至り真正な登記名義の回復を原因として自己名義に所有権移転登記手続をしていること、本訴提起後である昭和四八年に至り、右土地につき低当権者を三郎、債務者を伊三雄とする債権額一、〇〇〇万円の抵当権設定登記をしていること、三郎は右一、〇〇〇万円の運用についてさして関心を示さず、右株式投資の事実や抵当権設定の事実は本訴口頭弁論期日に証人として出廷するまで聞知しておらず(抵当権設定の事実に関しては(一)に認定したところである。)、不動産投資をした事実も後に知らされたに過ぎず、右一、〇〇〇万円の運用は全く伊三雄の独断で行われていたことが認められる。

これら事実によると、伊三雄による右一、〇〇〇万円の運用が三郎からの寄託に基づくものとは必ずしも認め難い。

また、証人内田伊三雄、同内田三郎は、その寄託の理由として三郎が妻子を残し他の女性と同棲しているので、妻子のもとに戻るようにするため、戻ったら渡すという約束で伊三雄が三郎の退職金を預ったものであると供述する。しかしながら、右各証言からも明らかなように三郎は昭和三七年ころから妻子のもとへは寄り付こうとしない状況にあったのであるから、もしそのような理由で一、〇〇〇万円を寄託したとするならば、結局三郎は右一、〇〇〇万円の支払を受けることはできないこととなるから、そのような理由で一、〇〇〇万円もの大金が伊三雄に寄託されたとすることは極めて不自然である。

以上により、寄託の事実に関する右各証言は、到底採用することができない。

5. 原告主張の債務引受、弁済ないし寄託の事実を認めることができないこと右認定の如くである以上、三郎名義の退職金一、五〇〇万円のうち二六七万一、六〇〇円(前記のとおり三郎に現実に支払われた二五六万五、〇〇〇円を源泉徴収に係る所得税控除前の退職金の額に換算したもの。)を控除した一、二三二万八、四〇〇円は伊三雄に支給された退職金と認めるのが相当であるから、結局伊三雄に支給された退職金は合計三、二三二万八、四〇〇円というべきである。

三、そこで、原告の伊三雄に対する退職給与金額の相当性につき検討する。

証人鴨下英主の証言により真正に成立したと認められる乙第四号証及び右証言並びに証人内田伊三雄の証言によれば、原告は遊技場、喫茶店、飲食店、キヤバレー、ホテル等の事業を営んでいたこと、原告の本件事業年度の売上金額は約三、五〇〇万円であるが、原告の事業のほとんどは昭和四三年一二月に休止しているから、年間の売上金額は五、〇〇〇万円を超えると推計されること、被告が原告と同業種の事業所が多数存在していると認められる地域を管轄している神田、京橋、豊島、四谷及び淀橋の各税務署の管内において、原告と同業種であり、かつ、退職年度において同程度の事業規模を有する資本金五、〇〇〇万円未満で売上金額五、〇〇〇万円以上の法人で調査可能なものについて昭和四二年から昭和四七年までの間の役員に対する退職給与の支給状況を調査したところ、役員に対し退職給与の支給があった法人は調査件数二四三法人のうち五法人であり、支給を受けた役員は七名であって、その支給状況及び最終月額報酬、勤続年数を基礎に算定した功績倍率は別表(二)記載のとおりであり、功績倍率の平均は二・七、最高は七・五であることが認められる。

右認定の事実によれば、右比較法人の選定基準は合理的であり、抽出された比較法人及び役員の数も相当であるから、右退職役員の功績倍率を伊三雄の退職給与の相当性を判断する資料とすることは、過大役員退職給与の損金不算入を定めた法人税法第三六条及び同法施行令第七二条の趣旨に合致する合理的なものというべきである。

伊三雄の最終月額報酬が一五万円であることは、当事者間に争いがなく、証人内田伊三雄の証言によれば、伊三雄は昭和二八年原告が設立された当時から代表取締役の地位にあったことが認められるから、同人の勤続年数は一六年と認められ、他に右認定に反する証拠はない。

しかしながら、右最終月額報酬、勤続年数に右功績倍率の最高七・五を基準に伊三雄の退職給与を計算しても一、八〇〇万円(一五万円×一六年×七・五=一、八〇〇万円)となるにすぎないから、伊三雄に支払われた退職給与のうち、少なくとも右一、八〇〇万円を超える一、四三二万八、四〇〇円は不相当に高額な部分に当たるといわなければならない。

そこで、原告の争わない所得金額一〇三万五、七七〇円に右一、四三二万八、四〇〇円を加算すると、原告の本件事業年度の所得金額は、一、五三六万四、一七〇円となる。そうすると、原告の所得金額を一、三三六万四、一七〇円とする本件更正に違法はない。

四、以上認定したところによれば、原告は、本件事業年度中退職金として、伊三雄に対し三、二三二万八、四〇〇円を三郎に対し二六七万一、六〇〇円を支給したにもかかわらず、前記取締役会決議においては退職金として伊三雄に対し二、〇〇〇万円、三郎に対し一、五〇〇万円をそれぞれ支給する旨の仮装の決議をし、右決議に基づき右合計三、五〇〇万円を損金に算入して申告しているのであるから、これにより伊三雄に対する右退職金三、二三二万八、四〇〇円のうち前記過大役員退職給与として損金と認められない一、四三二万八、四〇〇円について重加算税の対象となると認めるのが相当である。

したがって、被告が右金額の範囲内でした本件決定にも違法はない。

五、よって原告の本件各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三好達 裁判官 時岡泰 裁判官 青柳馨)

別表(一)

<省略>

別表(二)

<省略>

別表(三)

<省略>

注 菊地哲二郎の勤続年数には従業員としての勤続年数一一年を含んでいる。

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